なんと喫煙してしまった

シェアする

あけましておめでとうございます。

ご無沙汰しています。
このブログに書くこともないぐらい煙草にかかわらない生活を続けて随分経つんですが、残念なことにブログネタが1つ。
実は1週間前に、なんと喫煙してしまいました。

どんな経緯だったかといいますと、
日ごろ仕事上の取引でお世話になっている方々との懇親の宴席を設け、4人で食事&お酒。
結構飲みました。
4人のうち喫煙者は1人。

そこからさらに4人でバーに移り2次会になりました。
食事は1次会で終えたし、2次会場のバーは喫煙可の場所だったこともあり、喫煙者の人に喫煙することをお勧めしました。
しかしその方は喫煙を辞退されました。
そしてそのことをきっかけに禁煙の話題になりました。
禁煙の話が深まったので、ますますその方は吸いづらそうな雰囲気になってしまった感じを受けました。

そのときの私の思考は、その場で私が一口吸って、それでもなんでもないことを証明することで、その方は気軽に吸えるようになるかもしれないと思いました。
なぜならその店は7-8年前の喫煙時代に何度も来ていた店だったのですが、そのときに同席の禁煙の方は私たちに合わせて吸った事が2度あったからです。
カクテルグラス入りの青いカクテルが脳に回ってきた私はそのことが頭に浮かび、思わずその方から1本もらい、火をつけ一口吸い込む、という思考どおりの行動をとりました。
ただし煙は口腔内にとどめ、肺には送りませんでした。絶対ひどく咳き込んだはずだからです。

その後その方が吸ったかどうかは正直覚えていません。
それどころかその後の記憶がまったくありません。
この年齢になってくると飲んだ翌日の記憶が薄いことがよくあるんですが、それでも「タクシーでお金払った」とか「だれだれに送ってもらった」というような断片的な記憶は多少あります。
しかしこの日はまったくその後のことを覚えていません。
いろいろ心配になりほかの人に自分がどうだったか聞いたところ、主に寝てたようです。
もう1件3次会で中華料理屋に行ったそうですが覚えてませんし、家までタクシーで送ってもらったようですがそれも覚えていません。
この記憶のなさはニコチン効果ではないか?とも思っています。
しかし煙草に加え、酒も恐ろしいなと思いました。今後もうちょっと自重します。

さて、その後の喫煙欲求が起こるか否かが、このブログのテーマ的に重要な問題です。
実は「喫煙した」という記憶自体、翌日だいぶ経って2日酔いが収まってきたころにようやく思い出したぐらいでした。
そのように煙草という存在は、おととい以前と同じように引き続き遠いもので、過去のような欲求は全く起こっていません。
その後1週間たった今日でも、これまで通り禁煙時と同じ状況です。

しかし、1本だけへの心の隙が生まれ、精神的依存は禁煙3ヶ月後と変わらない状態に戻ったような気がします。
会社の喫煙者から「これで日時リセットですね、こっち側にひきこみたいです」という言葉をもらいました。
その言葉を真実として受け止めようと思います。
というかたとえ1本だけでその後吸いたくならなかったとしても、禁煙日時はいったんリセットすべきだと思いました。
1本だけへの耐性と申しますか精神的依存は、間違いなく吸った前と後では違うような気がします。
今現在吸いたくなかったとしても、「1本吸ったけど大丈夫だった」という安心感は、きっと驕りになります。
「もう1本吸っても大丈夫」とならないように、自分への戒めが必要です。
今は吸っても煙くて咳き込むだけだと思いますが、その次の1本がもしあった場合、もう完全に喫煙復活状態にもどっているといえると思います。
引き続きこのブログの存在を思い出して振り返ることで、注意喚起を図ります。